生も類ひ稀なやうである。一つぺんに周囲の気配が青ざめて、舌触りまで砂を噛むやうにザラッぽいものだ。今さら何をする気分もないのでひたすらにボンヤリしてゐると、ただ重く、ただ暗闇が詰まつてゐて、溜息の洩らしやうもないのである。いつもながら、気を失つてしまふやうな心持《ここち》がしてゐる。ところで、私の場合なぞは、丁度このやうなものであつた。
私は音楽家を志望して――私は、少年時代から何といふこともなく音楽に興を覚え、※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロンを弾き鳴らすことに多少の嗜みを持つやうになつてゐたが、中学を卒へる頃からピアノにより高いものを感ずるやうになり、そのまま全く反省するところなく或る私立の音楽学校へ入学したわけであるが、指先に熟練を要するピアノには已に晩い年齢であり、当然さらに心を変へて作曲を志望するやうになつた。そして、兎も角学校を卒業して――(もはや二年半)、無為な毎日をただ送るうちに、殆んど辷るやうにして、たわいもなく斯様な憂鬱に潰されてしまつた。全く、興ざめた! 興ざめたといふ感じである。手の施しやうもないのだ。ただ、日毎に身の周囲《まわり》が白つぽく色あせて
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