少女の読物のやうな家庭的な童話文学が存在せず、私の読んだ本といへば立川文庫などといふ忍術使ひや豪傑の本ばかりだから、さういふ方面から父親の愛などを考へさせられる何物もなかつた。父親などは自分とは関係のない存在だと私は切り離してしまつてゐた。そして墨をすらされるたびに、うるさい奴だと思つた。威張りくさつた奴だと思つた。そしてともかく父だからそれだけは仕方がなからうと考へてゐたゞけである。
子供が十三人もゐるのだから相当うんざりするだらうが、然し、父の子供に対する冷淡さは気質的なもので、数の上の関係ではなかつたやうだ。子供などはどうにでも勝手に育つて勝手になれと考へてゐたのだらうと思ふ。
たゞ田舎では「家」といふものにこだはるので、「家」の後継者である長男にだけは特別こだはる。父も長兄には特別心を労したらしいが、この長兄は私とは年齢も違ひ上京中で家にはをらなかつたから、その父と子の関係もよく知らない。たゞ父の遺稿に、わが子(長男)を見て先考を思ひ不孝をわびるといふやうな老後の詩があり、親父にそんな気持があつたかね、これは詩の常套の世界にすぎないのだらうと冷やかしたくなるのだが、然し、父
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