れから首を廻したらどっちを向いても真ッ赤な幕だもの、どっちへ逃げたら助かるのだか、私はしかしあのとき、もしこの火の海から無事息災に脱出できれば、新鮮な世界がひらかれ、あるいはそれに近づくことができるような野獣のような期待に亢奮した。
翌日あまりにも予期を絶した戦争の破壊のあとを眺めたとき、私は住む家も身寄の人も失っていたが、私はしかしむしろ希望にもえていた。私は戦争や破壊を愛しはしない。私は私にせまる恐怖は嫌いだ。私はしかし古い何かが亡びて行く、新らしい何かが近づいてくる、私はそれが何物であるか明確に知ることはできなかったが、私にとっては過去よりも不幸ではない何かが近づいてくるのを感じつづけていたのだ。
全くサンタンたる景色であった。焼け残った国民学校は階上階下階段まで避難民がごろごろして、誰の布団もかまわず平気で持ってきてごろごろ寝ている男達、人の洋服や人のドテラを着ている者、それは私のだといわれて、じゃア借りとくよですんでしまう。顔にヤケドして顔一面に軟膏ぬって石膏の面みたいな首だけだして寝ている十七八の娘の布団を、三枚は多すぎらといって一枚はいで持って行って自分の連《つれ》の
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