ら、母の死骸にぶつかってしまった。全然焼けていないのだ。腕を曲げて、拳を握って、お乳のところへ二本並べて、体操の形みたいにすくませてもうダメだというように眉根を寄せて目をとじている。生きてた時より顔色が白くなって、おかげで善人になりましたというような顔だった。
 気の弱いくせに夥しくチャッカリしていて執念深い女なのだから、焼けて死ぬなら仕方がないけど、窒息なんて、嘘のようで、なんだか気味が悪くて仕方がなかった。あの時から、なんとなく騙されているような気がしていたので、近頃母を発見するたびに、あの時の薄気味悪さを思いだす。
 私が徴用された時の母の慌て方はなかった。男と女が一緒に働くなどというと、すぐもうお腹がふくらむものだというように母は考えているからである。母は私をオメカケにしたがっていた。それには処女というものが高価な売物になることを信じていたので、母は私を品物のように大事にした。実際、母は私を愛した。私がちょっと食慾がなくても大騒ぎで、洋食屋だの鮨屋からおいしそうな食物をとりよせてくる。病気になるとオロオロして戸惑うほど心痛する。私に美しい着物をきせるために艱難辛苦を意とせぬ代り
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