、私の外出がちょっと長過ぎても、誰とどこで何をしたか、根掘り葉掘り訊問する。知らない男からラヴレターを投げこまれたりして、私がそれを母に見せると、まるで私が現に恋でもしているように血相を変えてしまって、それからようやく落着きを取りもどして、男の恐しさ、甘言手管の種々相について説明する。その真剣さといったらない。
 私はしかし母を愛していなかった。品物として愛されるのは迷惑千万なものである。人々は私が母に可愛がられて幸福だというけれども、私は幸福だと思ったことはなかった。
 私の母は見栄坊だから、私の弟が航空兵を志願したとき、内心はとめたくて仕方がないくせに賛成した。知人や近隣に吹聴する方がもっと心にかなっていたからである。夜更けに私がもう眠ったものだと心得て起き上って神棚を伏し拝んで、雪夫や、かんにんしておくれなどとさめざめと泣いたりしているくせに、翌日の昼はゴムマリがはずむような勢いでどこかのオバさんたちに倅《せがれ》の凜々《りり》しさを吹聴して、あることないこと喋りまくっているのである。
 私は徴用を受けたとき、うんざり悲観したけれども、母が私以上に慌てふためくので、馬鹿馬鹿しくて
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