院のヤッカイになることなく、世をすごす人々が多くあるに相違ない。
 テンカンも、今では、それを一生欠かさず服用しつゞけていれば、発作を起さずにすむ薬があるそうである。ひどいのは脳梅毒だ。これは智能を犯される。つまり痴呆状態となる。肉体の条件がよければマラリヤ療法でくいとめることができるが、僕の居たとき病棟の廊下をうろついていた四十ぐらいの女の脳梅毒患者は、もう肉体力がなくて、マラリヤ療法を施し得ず、仕方なしに、ペニシリンを打ったり、人工栄養などで、ようやく生きて、痴呆状態で廊下をうろついている始末であった。こういう患者は結局狂死する以外に仕方がないということであった。
 問題は分裂病であり、又、鬱病、躁鬱病などの患者である。僕のいた病棟は重症者がいないのだから、病状について僕は良く知らないし、特に僕は一人だけの別室にいたから、廊下や便所ですれ違う以外に、他の患者とは特別の接触がなかった。
 僕の幻聴と絶望の苦痛にみちた発病当時、千谷さんが診察に来て下さって、すぐ入院させたいが、あいにく一人の部屋がふさがっており、今すぐ入院することの出来るのは五人の合部屋だという話であった。
 そのとき
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