等教員にはなれなかったが、温泉と畑づきの別荘の主人になった、と。そして、もと中等教員は穴の住人にすぎないのだ、と。
しかし、戦争の影が薄れるにつれ、彼の生活がつまる一方であることの悲しさが深まるにつれ、彼が他の誰よりも思いだすようになったのは「オヤジ」の存在であった。それは彼の怖しい心の秘密だ。そして、この秘密だけは誰にも知られたくないのであった。
オヤジの安定した生活にひきかえて、彼の生活は不安定そのものだ。何も収入がないのに、税金や寄附に攻められ、歯をくいしばって浮世の見栄を守らねばならない。温泉と畑づきの別荘の所有者とは云いながら、見ようによればオヤジとても温泉と畑の所有者ではないか。彼らは露天ブロを所有しているようなものだし、畑だけでなく、海の漁場も野の牧場も所有しているようなものだ。山海のあらゆる味を探しだして食うことができるのである。
彼はしかし乞食を軽蔑し、別荘の家主たることを誇る心は忘れなかった。それを忘れることができないから、いけないのかも知れない。彼はオヤジの存在に圧倒されている心の秘密に甚しく臆病になっていたのである。
「浪曲師別荘。浪曲師別荘」
オヤジは
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