たものだ。万事が配給の時世となって、いくらも生活費がかからず、信子と克子は大伯母からの仕送りで別個にくらすようにもなったから急速にたくわえが出来たのである。
彼は孤独の行く末を何より怖れていた。怖れの根本は、無一物というところから来ているのである。自分に才のないことも骨身に徹している。そして、年もすでに五十である。そして、無一物である。
彼はこの別荘をどうしても買いたい気持になっていた。家も田畑も、源泉までも所有しているとは、なんてすばらしいことだろう。このドンヅマリの家だけは戦禍をまぬがれるかも知れないし本当にまぬがれるような気もするのである。
たとえ家はやられても、この田畑さえあれば、安穏な老後が送れる。
彼が金をもたなければ、どうしてもこの別荘を買いたいために、泥棒したいと思ったかも知れない。あいにく彼は買えるだけの金を持っていたので、金をだすのがイヤであった。だまされ、ぬすまれるような淋しさがあった。
だが、それにしても、家と田畑と源泉を所有することが、悪かろうとは思われない。自分がそんな身分になろうなどとは、考えられないほどだった。天にも昇る期待がこみあげる。すばら
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