盗もできません。笑いごとではありませんよ。日本人は誰にせよそんな不安を感じているにきまっています。そのときに、田畑や源泉を所有しているということ、群盗横行しても、田畑や源泉は盗まれませんよ。この悲惨な戦争の最中も、田畑や源泉を所有していることが生きがいになりゃしませんか。この家だって、必ず戦禍にやられるとはきまっていません。戦禍にやられるかも知れないということは、やられないかも知れない、ということです。人間は夢を持たなきゃいけません。夢をもてば、たのしいものですよ。しかし、私は、夢に値段をつけようとは云いません。この田畑と源泉が五千円です。六千坪あります。一坪一円にも当らないではありませんか。失礼ながら、あなたの生涯に、もしも戦争がなければ、六千坪の田畑と源泉を所有することなど、夢にも有り得なかったでしょう。人も羨む源泉ですよ。ただ少数の階級だけが所有し得たゼイタク物ですよ。もう、これ以上は申しません。あなたの運を御自由にお選び下さい。五千円なら売ります。おイヤでしたら、やめましょう」
亮作は肌身放さぬ包みの中に七千余円もっていた。これは彼が主として野口に使われてからの五ヵ年間にため
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