しかし亮作はひるまなかった。
「ええ、どうぞ。買い手を探して下さい。私に遠慮はいりません。ひさしく寄席も芝居も見ませんが、この家を一万円で買った人間の顔を、見るのを、笑いおさめに、鶏小屋から立ち去ることに致しましょう」
 一万円はまずかったな、と野口は思った。露店のセリの要領で、まず一万と値をつけたが、たしかに高すぎた。この値では買い手がない。追い立てをくう不安がないから、亮作はつけこんで、いきまいている。
「ほんとに、人に売ってもいいのですね」
 野口の顔色が、ちょッと変った。
「ええ、ええ。どうぞ。ひさしく笑うことを忘れていましたから」
「五千円なら買いたいという人があるんですが、おことわりしたんです。しかし、私も、金と命をひきかえるのはイヤですから、値ぎられるよりも、時間のちぢまる方が、なお怖いですよ。あなたは売り別荘続出で、買い手がないとタカをくくってらッしゃるようですが、大戦争の生きるか死ぬかの瀬戸際にも思惑をはる商売人がいるもんですよ。私も、つくづく、呆れました。別荘を買い漁っている人種がいるのです」
「それに似た話はきいております。しかし、私のきいたのは、買い漁ってと云
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