於ては、先ず第一に源泉にきまってるじゃありませんか。伊東の町にはどの住宅にも温泉がひいてあるかも知れませんが、源泉の数は知れています。おまけに、ここの湯は自噴ですよ。伊東に自噴の源泉なんて、いくつも有りゃしませんよ。大部分がモーターであげているのです。現在に於ける最大の財産と、未来に於ける最大の財産と、二つを一とまとめにして、しかもこれが空襲にも艦砲射撃にも絶対不変の財産ですが、それで一万が高すぎますか。私は親しくしていただいたあなたなればこそ、安くお譲りしようと思っているのです。一万円なら誰だって飛びつきますよ。しかし、見ず知らずの人に売るのでしたら一万円じゃ売りませんとも。失礼ながら、焼けだされて無一物となったあなたのために、すこしでも尽してあげたいと思ったのですよ。お別れすれば再びお目にかかる機会があるかどうか分りませんが、私としては、最後の友情のつもりなんです。餞別にそっくりタダで差上げたいのは山々ですが、私も焼けだされだから、そう気前よく出来ないのが残念です」
「近代戦の上陸地点の激戦の跡というものは、満目荒涼、山の形も川の流れも変るでしょう。草も木も、小鳥も虫も、何もありま
前へ
次へ
全64ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング