は野口のずるさを憎んだ。
「この十倍も大きくて立派な別荘がたった五千円で売りにでていますよ。それでも買い手がありません。あたりまえですとも。一二ヵ月あとには、跡形なく吹きとばされるのですから。一二ヵ月の家賃ですから、まア、高くて百円です。あなたの家でしたら、三十円ですな。それでも高いぐらいです」
 亮作は残酷な笑いをうかべた。
「冗談云っちゃいけません。消えてなくなる別荘とはちがいますよ。土地と源泉がついています。何十トンのバクダンでも、これをどうすることもできないのです」
 野口は薄笑いをうかべて言い返した。一万円は持たないようだ。すこし高すぎたかな、と思った。そして高圧的な商談をたのしそうに語りつづけた。
「あなた、ひがんではいけませんよ。たとえば、単に別荘だけでしたら、金殿玉楼も買い手がないのは当然かも知れません。いま敵に追いつめられ、窮亡のドン底にある我々に、最大の財産はなんですか。言うまでもなく、自給自足しうる土地ですよ。田畑ですよ。いいですか。現在に於ては、そうなんです。しかし、平和恢復後の未来に於ては、田畑の値は下るでしょう。そのときに高値をよぶのは何でしょう。この土地に
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