重大に見えないのである。

     本と鶏小屋

 亮作は皇軍勝利確信派であったが、信子と克子は敗北確信派であった。
 サイパン戦況不利の報に、母と子はいち早く荷物の疎開をはじめた。
 信子が着古した衣類をせっせと荷造りしているのを見て、克子が言う。
「そんなもの、持ってって、どうするのよ」
「これだって、まだ着れますよ。あなたのためにもさ。いずれ役に立ちますよ」
「私、そんなもの、着やしない」
 娘は目を白くして、舌打ちした。
「衣裳道楽の大伯母さまが、一生かかっておあつめになった美術品のような衣類を、そっくり私に下さるというのに。そんなもの、女中だって着やしない」
「モッタイないことを言うんじゃありませんよ。これはみんな私がお嫁入りのとき、持ってきた物なのよ。それをアレコレ工夫して、一生着こなしたんですから、なつかしいのよ。あなたのお父さんに着物を買っていただいたことなんて、一度もありません」
 娘は母の感傷などに一顧を与えた様子もなかった。しかし父への軽蔑は新にしたようであった。
「それ、ほんと。お嫁入りして今までに?」
「ほんとですとも」
「ほんとかしら。お嫁入りして今までッ
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