水鳥亭
坂口安吾
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)午《ひる》休み
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)B29[#「29」は縦中横]
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一匹のイワシ
日曜の夜になると、梅村亮作の女房信子はさッさとフトンをかぶって、ねてしもう。娘の克子もそれにならって、フトンをひっかぶって、ねるのであった。
九時半か十時ごろ、
「梅村さん。起きてますか」
裏口から、こう声がかかる。
火のない火鉢にかがみこんで、タバコの屑をさがしだしてキセルにつめて吸っていた亮作は、その声に活気づいて立ち上る。
いそいそと裏戸をあけて、
「ヤア、おかえりですか。さア、どうぞ、おあがり下さい」
声もうわずり、ふるえをおびている。
野口は亮作の喜ぶさまを見るだけで満足らしく、インギンな物腰の中に社長らしい落付きがこもってくる。彼は包みをといて、
「ハイ。タマゴ。それから、今朝はイワシが大漁でしてね」
タマゴ三個と十匹足らずのイワシの紙包みをとりだしてくれる。
「これはウチの畑の大根とニンジン」
それらの品々は亮作の目には宝石に見まごう
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