無産者が殺されるというような例は少い。そこで、推理小説は有閑階級の玩弄物にすぎないなどというのは一知半解の見解で、だいたい犯罪の動機は色と慾で、貧乏人が被害者だと、動機が少くなり、限定される。謎の幅が少くなって、謎ときゲームに必要な複雑な綾が少くなってしまうのである。謎を複雑にするには、どうしても身辺に謎の多い人物、色々な角度からカカリアイの多い人物を主人公に仕立てる必要があるのである。多くの角度から殺される可能性のある人物を被害者に仕立てなければならない。
だから推理小説というと、ヤタラに大きな邸宅の見取図などが出てくるものだが、邸宅が大きいというところにも謎をふせる要素があるわけだが、それが主たるものではなく、第一の目的は、そういう邸宅に住むような階級でないと、推理小説の謎を複雑に仕組むことができないという要求によるものだ。
又、推理小説は、広い地域を舞台にすると、その舞台の地域に通じない読者の興味を半減する。たとえば「三幕の悲劇」では、フランスのある町からある町の距離、南北に遠く離れて、一日に往復しうるや否や、というところに推理の鍵があるのだが、地理的条件と、交通機関の条件に
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