推理小説論
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)却々《なかなか》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ヒョイ/\
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 日本の探偵作家の間に、探偵小説芸術論という一風潮があって、ドストエフスキーは探偵小説だというような説があるが、こういうのを暴論と称する。
 すべて、すぐれた文学は人間をトコトンまで突きつめていくものだから、犯罪、それから、戦争、という大きな崖に突きあがってしまう。これは当然の成行で、犯罪や戦争は人間の追求から必然的に到達するものであり、決して犯罪は探偵小説の専売ではない。又、犯罪を取り扱うに当って、それが人間追求の手段としてであっても、読者の興をひくために探偵趣味をそそるような展開法を用いるのも、文学本来の技巧であって、バルザックやドストエフスキーはこういう手法の名手でもあった。谷崎、芥川、佐藤春夫なども、小型ではあるが、この技法を縦横に使いこなしている。だいたい小説に於て「おあとは如何になりゆくか」ということ自体が探偵的なものであって、大小説家はこの技法を天分的に身につけているものであるから、探偵小説専門家よりも本質的に、探偵小説的技法の骨子を会得しているのが当然なのである。
 推理小説というものは推理をたのしむ小説で、芸術などと無縁である方がむしろ上質品だ。これは高級娯楽の一つで、パズルを解くゲームであり、作者と読者の智恵くらべでもあって、ほかに余念のないものだ。
 しかし、日本には、探偵小説はあったが、推理小説は殆どなかった。小栗虫太郎などはヴァン・ダインの一番悪い部分の模倣に専一であって、浜尾四郎や甲賀三郎の作品も、謎解きをゲームとして争う場合の推理やトリックの確実さがない。終戦前の探偵文壇は怪奇趣味で、この傾向は今日も残り、推理小説はすくないのである。
 近代文学ではヴォルテールの「ザジッグ」などが素人探偵のハシリかも知れないが、ザジッグが探偵眼を働かせると女房の間男を発見するていのニヒリズムの産物で、探偵小説ではない。
 探偵小説の祖はポオだが、ドイルのホームズ探偵までは、推理小説の初期である。
 ドイルまでの世界は今日の日本では、捕物帖に移植されている。捕物帖には指紋や科学的な鑑識は現れないが、推理やトリックの手法はドイルで、ドイルは捕物帖の祖であり、推理小説よりも捕物帖的である。
 今日の推理小説の形式は、ガボリオのルコック探偵から始まっている。これが「黄色い部屋」のルレタビーユに発展して、推理小説の現代式の骨格やトリックの在り方は、ほゞ確定したようである。しかし「黄色い部屋」には新奇のトリックを狙いすぎて不合理があり、確実さや合理性に於てはルコックよりも退歩していると見てよい。これからあとは現代である。
「黄色い部屋」は密室殺人の元祖でもある。このトリックは簡単ではあるが、それだけ現実的でもあって、犯人は犯行が発見されたとき、鍵のかけられた密室の現場にいたのである。扉があけられたとき、扉の裏側にブラ下って隠れ、やがて見物人がきたとき、自分もその一人のフリをして、室内に現れていたのである。
 密室はヴァン・ダインによって、糸を利用した工夫や、蓄音機を利用した工夫や、兇器を仕掛によって自然に室外に隠す工夫や、手を代え品を代えてトリックが施され、これは今日では常識となり、特に日本では濫用されすぎているようである。
 だいたい推理小説というものは、トリックの新発明が主要な課題となり、これによって読者と智恵くらべをするものだ。読者は、又、作者と智恵くらべをたのしむに当って、従来のトリックを多く知るはど興味が深まるものであり、こうして従来のトリックをマスターしたアゲクには、自分もひとつ推理小説を書いて未知の友に挑戦したいと考える。これが推理作家の生れる自然の順序で、本来アマチュア、愛好家という素人によっで新分野のひらかれるべき世界だ。
 推理小説というものは、常に新しい工夫、新トリックの発見によって挑戦するところに妙味があるのだから、そうヒョイ/\と卵を生むようなワケには行かず、厳密な意味では職業作家としては成り立たないのが自然なのである。濫作して、マンネリズムにおちいっては、ゲームの妙味が失せてしまう。
 ヴァン・ダインも、愛好家から、挑戦を思いたって自ら作品を書くようになったもので、アマチュアあがりらしく挑戦をたのしんでいる素人のよさや、ついでに衒学をひけらかして読者を煙にまいている稚気のほども面白くはあるが、素人の悲しさに文章がヘタで冗漫すぎること、したがって、衒学ぶりが軽快さを失って、作品を重くし、退屈にしていること、素人の良さ悪さが差引きマイナスになっている。このマイナスのところを主として模倣して、重さ退屈さに輪を
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