かけてしまったのが小栗虫太郎であり、これが後日の日本の推理小説の新人に主たる悪影響を及ぼしているのである。
しかし、根からの推理作家という天分にめぐまれた人もないことはない。どんなに濫作しても、謎ときのゲームに堪えうるだけの工夫と確実さを失わないという作家である。アガサ・クリスチー女史とエラリイ・クイーンが、そうである。
クリスチー女史の華麗多彩な天分に至っては、驚嘆のほかはない。あれほどの濫作をして、一作毎に工夫があり、トリックにマンネリズムが殆どなく、常に軽快な転身は驚くばかりである。文章も軽快、簡潔であって、謎ときゲームの妙味に終始し、その解決に当って、不合理によって読者を失望させることが、先ず、すくない。ただクリスチー女史には、優雅な美人は絶対に犯人にならないという女らしい癖があって、この癖が分ると、謎ときがよほど楽になるのである。
一般に「アクロイド殺し」をもって代表させているが、却々《なかなか》もって一作二作で片づけられるようなボンクラではなく、「スタイルズ荘」「三幕の悲劇」その他傑作は無数であるが、特に「吹雪の山荘」は意表をつくトリックによって、軽妙、抜群の発明品であり、推理小説のトリックに新天地をひらいたものとして、必読をおすすめしたい。
「吹雪の山荘」のトリックほど平凡なものはない。現実に最もありうることで、奇も変もないのであるが、恐らく全ての読者がトリックを見のがしてしまうのである。読者は解決に至って、あまりにも当然さにアッと驚き、あまりにも合理性の確実さに舌をまいて呆れはてるであろう。しかし、読みすすんで行くうちは、この悠々と露出しているトリックに、どうしても気附くことができないのである。このトリックの在り方は、推理作家が最大のお手本とすべきものであろう。
クイーンも亦、クリスチー女史につぐ天才であり、筆も軽く、謎ときゲームの妙味に終始し、濫作しつつ、駄作のすくない才人であるが、トリックや推理の確実性、合理性という点で、クリスチー女史に一歩をゆずる。読者に決定的な証拠を与えていない場合が多く、組み立てに確実さが不足している。それが犯人であってもフシギではなかった、という程度にしか読者が納得させられない場合が多いのである。
この二人をのぞくと、あとは天分が落ちるようだ。一二の傑作はあって、全作にわたっては駄作が多く、合理性が不足して、解決を読んで納得させられない場合が多い。概ね解決が意外であるが、合理的に意外であること、納得のゆく意外であることの重要な要素が欠けているのである。推理小説の解決は意外でなければならないが、不合理に意外ではゼロであり、不合理の意外さだったら、どんなボンクラでも不意打をくらわせることが出来るのは当然である。
クロフツの作品は推理小説の型としては異色あるものだが、「樽」のような名作をのぞくと、駄作が多く、不合理に意外であったり、はからざる大集団の犯罪であったり、そのヒントが与えられておらず、謎ときゲームとしては、最後に至って失望させられることの方が多いようだ。
カーも意外を狙いすぎて不合理が多すぎる。「魔棺殺人事件」は落第。
個々の傑作としては、クリスチー女史、クィーン、ヴァン・ダインの諸作は別として、「矢の家」「観光船殺人事件」「ヨット殺人事件」「赤毛のレドメイン」ほかに思いだせないが、まだ私の読んだ限りでも十ぐらいは良いものがあったはず、しかし、百読んで、二ツか三ツ失望しないものがある程度だ。世界的に名の知れた人々の作品で、そうなのである。
日本では横溝正史が抜群であり、作家としての力量は世界のベストテンに楽にはいりうるものである。特に「蝶々殺人事件」は傑作であり、終戦後の作品には、愚作がすくない。最もつまらないのが「本陣殺人事件」で、「蝶々」をおさえて「本陣」に授賞した探偵作家クラブの愚挙は歴史に残るものであろう。
「蝶々」はすばらしいものだ。東京と大阪を往復しての相つぐトリックの華麗さは特筆さるべきものであり、展開の妙もめざましい。トランクを東京駅へ運んだ友人には船酔いの薬と称して毒薬を与えて軽く片づけているあたり、末端に至るまで捌きが軽妙をきわめて快い。
一つ難を云えば、犯人の志賀が大阪のホテルに於て第二の殺人を犯したとき、アリバイをつくるために屍体を縄でよじって、よじれが戻って屍体が街路へ落ちるまでの時間に階下へ降りるトリックであるが、これは単に殺して何喰わぬ顔をしている方が無難で、いつ殺したか、その時間に誰がどこにいたか、殆ど分らなくなるはずである。却って、アリバイをつくろうとして妙に手のこんだ仕掛をするだけ、発見される危険が多いのである。仕掛の縄をあとで片づける危険だって大変だし、それらが人目につかない方が妙だ。
私がこれを指摘するのは蝶々にケチ
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