動の余裕すらもないのであらう。
 話はすこし飛ぶけれども、巴里・東京間百時間飛行でジャビーが最初に失敗したあと、これも日本まで辿りつきながら、土佐の海岸へ不時着して恨みを呑んだ二人組があつた。僕はもう名前を忘れてしまつたけれども、バルザックに良く似た顔の精力的なふとつた男で、バルザックと同じやうに珈琲が大好物で、飛行中も珈琲ばかりガブ/\呑んでゐたといふ人物である。フランスの海岸は大体に飛行機が着陸できるほど土質が堅いものだから、日本の海岸も同じやうに考へて、砂浜へ着陸し、海中に逆立ちしてしまつたのである。このとき近くにゐた一人の漁師が先づまつさきに駈けつけた。逆立ちした飛行機からは大きな異国の男が一人だけ這ひだして来て、手をうしろに組み、海岸を十歩ばかり歩いて行つては、又、戻つてゐる。漁師の近づいたことも気付かぬ態で、同じ所をたゞ行つたり戻つたりしてゐるのである。漁師は言葉が通じないので、一本と二本の指をだして見せて、一人か二人かといふことを訊いた。すると異国の男もその意味を解して、二本の指を示して答へた。漁師は驚いて逆立ちの飛行機に乗込み、傷ついた機関士を助け出して来たのであつた。
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