の出入が忙しい。異様な二人づれが店先でサイダーに酔つ払つて鮪の刺身を食つてゐるから、驚いて顔をそむける奥さんもゐる。
必ず、空襲があると思つた。敵は世界に誇る大型飛行機の生産国である。四方に基地も持つてゐる。ハワイをやられて、引込んでゐる筈はない。多分、敵機の編隊は、今、太平洋上を飛んでゐる。果して東京へ帰ることができるであらうか。汽車はどの鉄橋のあたりで不通になるであらうか。そのときは、鮪を噛りながら歩くまでだ、と考へてゐた。ナッパ服の少年工夫が街燈の電球を取り外してゐる。ガランドウはどこからか一束の葱の包みを持つてきて、刺身にして残つた奴はネギマにするがいゝだ、と言つた。丁度、夜が落ちきつた頃、二の宮のプラットフォームでガランドウに別れた。僕は焼酒に酔つてゐた。
十二月八日午後四時三十一分。僕が二の宮の魚屋で焼酒を飲んでゐたとき、それが丁度、ハワイ時間月の出二分、午後九時一分であつた。あなた方の幾たりかは、白昼のうちは湾内にひそみ、冷静に日没を待つてゐた。遂に、夜に入り、月がでた。あなた方は最後の攻撃を敢行する。アリゾナ型戦艦は大爆発を起し、火焔は天に沖《ちゅう》して、灼熱し
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