も……」
 菱山は傷ましい顔に、宿命の瞳を氷らせて私を見た。
 現実をひとたび虚無と死へ還元し、さうして出発した火花のやうな頂点を縫ふ彼の精神史、それは彼の宿命的な詩の方法であるが、彼の現実も、矢張り愚かな候鳥となつて、ひた走り、熱狂し、死と共に自らの宇宙を終るほかに方法はないのであらう。その思ひは、また私にも強い。私は生活に疲れても、熱狂に疲れる時はないであらう。私の熱狂は白熱する太陽となつて狂ひ輝くことはあつても、停止する不可能となつて低迷することを好まない。
 私は、近頃とみに此の思ひが強いのであるが、私の小説の中に一片の詩があつてさへ甚しく気に入らない。それにも拘らず、この気持は心の奥にまだ錬りきれずにゐるのであらう、机に向ふと、やはり愚劣な詩情を小説の中へしるしてゐることが多いのである。嘗て或る詩人的小説家は、「ボードレエルの一行に如《し》かない」自らの小説を歎き卑しんだが、それは彼の敗北であつて、小説本来の敗北ではない。小説は詩であつてはならないのだ。小説は生きた人間のみを歌はねばならない。私の苛立ちは、私の疲れは、時々詩人菱山に悲しい皮肉を言はせてしまふ。いはば、甘へるや
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