うに笑ひだした。その笑ひは徒らにげたげたいふ地響に似た空虚な音だけで、伊豆はその一々の響毎に鳩尾《みぞおち》を圧しつけられる痛みを覚えたが、併しなほ恰も已に復讐し終へたやうな愉悦に陶酔したのである。笑ひ止んでふと気がつくと、小笠原は相も変らず頭をがくんと椅子へ凭せて天井を視凝めたまま、凡そ退屈しきつた苦々しい顔付で人もなげに放心してゐた。
「どれ……」急に小笠原は甚だ無関心に立ち上り、伊豆なぞ眼中にない態度で長々と背延びをしたが、「どれ、ぽつぽつ痴川のところへ出掛けやうかな……」さう呟いて洋服に着代へて出てきた。「今夜も呑む約束なんだ」さう言ひすてて自分はさつさと沓脱《くつぬぎ》へ降りて行つた。伊豆は実に物足りない暗い惨めな気持で小笠原の後につづいたが、戸外へ出ると急にもやもやした胸苦しさを覚え、溝へ蹲んで白い苦い液体を吐き出した。数分間苦悶した。小笠原は無論介抱もしなかつた。第一振向きもせずに、憂鬱至極な顔付で茫漠と暮れかかる冬空を眺め耽つてゐた。軈《やが》て伊豆が漸くに立ち上る気配を察しると、なほ振向いて確かめやうともせずに長足を延して悠然と歩きだしたが、青ざめきつた顰面《しかめつ
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