ら》で伊豆がやうやう追ひつくと、急にぽつんと零《こぼ》すやうな冷淡さで、「君も行くかね?」「いや」伊豆はがくんと首を振つた。「今日は胸が苦しくてとても呑めない」「さう」小笠原は蔑むやうに頷いたが、「さう、かね。ぢや、さよなら」。其処はまだ別れる場所ではなかつたが、伊豆は斯う言はれたので咄嗟に歩速を緩めた。遣る瀬ない空虚を感じた。伊豆は力の尽き果てた様子で小笠原の後姿をぼんやり見送つてゐたが、軈てのことに我に返つて、不思議に自分はあの冷酷な小笠原を寧ろ一種の親しみをもつて見送らうとしてゐるのに気付いた。いはば小笠原を親愛な一味徒党のやうに思ひ込まうとするのである。その理由に就てはなぜか伊豆自身深く追求することを避けたがる様子であつたが、つまりは小笠原も痴川の死を欲しており、且又自分に痴川の殺害を実行させやうと企らんでゐる、といふ風に考へたかつたのであらう。だが、伊豆の推量は勿論当にならない。誰しも二人の敵を打つよりは一人味方に思ひ込む方が気が楽でゐられる。そして伊豆も現在自分の心底にこの傾向のあることを感じ、あまり諸事を掘り下げすぎて自分の馬脚を発見したくなかつたので、故意に全てを漠然の
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