中に据ゑたまま、とにかく小笠原は自分の親愛な同志であるやうに感じた。伊豆は小笠原の暗示したところのものを万事深く呑み込んだといふ形に、ふむふむと大袈裟に頷き、快心の小皺を鼻に刻んで上機嫌に帰宅した。
小笠原は其の持ち前の物静かな足取で黄昏に泌り乍ら歩いてゐたが、やがて、伊豆の心に起つた全ての心理を隈なく想像することができた。彼は自分が殆んど悪魔の底意地の悪るさで痴川伊豆の葛藤を血みどろの終局へ追ひやらうとしてゐる冷酷な潜在意識を読んだ。併し驚きも周章《あわ》てもしなかつた。永遠に塗りつぶされた唯一色の暗夜を独り行くやうな劇しい屈託を感じたのである。全て波瀾曲折も無限の薄明にとざされて見え、止み難い退屈を驚かす何物も予想することができなかつた。彼は冷静な心で、恐らく自分は悪魔であるかも知れないと肯定し、そして洋々たる倦怠を覚えずにゐられなかつた。
麻油は伊豆をかなり厭がつてゐた。その伊豆がとある白昼麻油の家へ上り込んできて、懐手をして無表情な顔付で突立つてゐたが急に手を抜き出して其れをふらふら振り乍ら麻油にねちねちと抱きついて来たので、何をするかと思ふてゐると、先づ麻油の頸から胸のあ
前へ
次へ
全33ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング