たりするので、男達は愕然として咄嗟にめくるめく狼狽のさなかで故里を思ひ出したりするのであつた。
 麻油は二十二歳まで(男達は三十がらまりであつた)女王の気持でゐることが出来た。或日一行に伴はれて孤踏夫人なる女人のもとへ行つた。これは痴川の女であつて閨秀画家であるが、三十五で二十四五に受取れる神経質な美貌であつた。男達の憂鬱と同量の狂躁を帯びた華やかさで孤踏夫人は上品に話したり笑つたりした。その部屋の空気には霧雨のやうな花粉が流れてゐて、麻油にはそれが眼や足の裏に泌《し》みて仕様がなかつた。麻油はむつつりして黙り込んでゐたのである。
 それから数日して痴川が麻油に会ふと、麻油は変な顔をして俯向き乍ら、「孤踏夫人て、あんた好き?……」又沈黙して今度は一層際立つた顔をしながら、「あんた、あの人と一緒に死ぬ気?……」痴川が呆れてゐると麻油は照れ隠しに青白く笑つたが又真面目になつて、「ああいふお上品な悧口な人が好き? なら仕方がないけど、でも、あんた、あたし嫌ひ? あたしを可愛がつて下さる? あたしだけ可愛がつて、ね……」さうして悄《しお》らしく首をあげたが、やがて痴川の眼を見入つて実に嫣然と笑
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