朝麻油は誰よりも遅れて目を覚ました。部屋に陰鬱な乱雑がねくたれてゐて悪どい空気がじつとり湧いてゐる中だのに、麻油は悠々と煙草をつけ、厚ぼつたい空気の澱みへ耳朶を押しつけるやうにしてうつらうつらと頬杖を突いてゐるのだが、まるで蒼空の下の壮快を味ふてゐる快適な姿であつた。男が山を降りてくると、麻油は急に唱ふやうな楽しさで秘密つぽく一人々々を掴まへ、「あたし、あんたが好き……」男は一人づつ怒つたやうな顔付をした。それには全然とりあはずに、ふいと麻油は顔の表情を失ふと横へそらして重たげな冬空を眺め、「あたしはあの空が好きだ」といふやうなポカンとした白痴の相に変つてしまふ。麻油は長々と湯につかり、まるでまるまると張りきつてゆく快い発育の音を感じるやうに、独りぽつちの広い湯槽に凭れて口をあんぐりあけ、鼻へ快適な小皺を寄せて動かずにゐる。
男達が何かしらの一座の気配で遣り切れない憂鬱にはまり込んだとき、麻油も血の気ない興ざめた顔でゐるので、矢張り此女でもさうかと思ふてゐると、それは一座とまるで違つた軌道でさうなつてゐるのであつて、急に顔をもたげて気がついて男の顔を一つづつ新発見のやうに見廻しはじめ
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