も洋々と溢れてきた。
 生きる気が無くなつたのではないのであるし、それに生きるとか、死ぬとか、差当つて其れを考へてみたわけでもないのに、その夜、催眠薬を多量にのんだ。自殺者は往々最も生きたい奴だと昔彼は考へたのだが、自分のやうな奴は殊に其の一人であつたらしいと思つた。薬をのんでから、彼は一時はひどく逆上してしまつてぼんやりするほど混雑したり、むやみに苦笑したり、時には泣き出したり、それに色々なことをめまぐるしく考へ出したのであるが、自殺者は別に勇気があるわけでさへない、無論、どう考へてみても是を気取れる筋合のものではないが、併し自殺者は必ずしも莫迦だとは結局思へなかつた。どつちみち、無駄な考へごとである。
 小笠原は微笑したいほどの遥かな愛情をもつて、沢山の麻油や孤踏夫人や又その愛撫を思ひ出しもしたのであるが、親愛なるものに訣別したがるかたくなな寂寥は、やはり其の時も有るには有つたらしい。とにかく、小笠原は死んだ。
 翌日、蒲団をはづれて、材木のやうに転がつてゐた。
 それから一月あまり過ぎたが、痴川は伊豆に逢ふことがなかつた。伊豆は死よりも冷酷な厭世家振つて、小笠原の自殺した現場へも
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