しんでゐたが、それから思ひ出したやうに歪んだ笑ひを泛べて、崩れた着物をつくろひもせずにいきなり懐手をして、ぶらりぶらり帰つていつた。
 あの手紙から三日目の夕暮れに小笠原は麻油を訪ねてきた。翌日別れると、別れぎはにも次の日を約束したのだが、併し麻油は尚も早速用箋をとりあげて前と大同小異の手紙を書き、にやにやしながら投函に行つた。約束の日に小笠原は来た。こんなことを数回繰返した。憂鬱な顔をそれでも仕方なしに笑はせるやうにして近づいてくる小笠原を見ると、麻油はくすぐつたい思ひがしたが、誰にするよりも大袈裟な明るさではしやぎながら彼を迎へた。どういふものか、小笠原の物々しい屈託顔を前にして独りで笑つたりお喋りしてゐる最中に、麻油は急に悪戯つぽい顔をして舌でも出してみたいやうな気持になつてしまふのだが、別にそれを隠す気持にもならないので遂にさうしてしまふと、併し小笠原は別段気にかけずに矢張り憂鬱な顔をして、時々自分の方でも笑はうとしたり喋らうとしたり努力してゐる。そんな時、麻油はふいに孤踏夫人の神経質な顔を思ひ出したりした。小笠原の物々しい深刻面の真正面からぶつかつていつて、ほかに格巧がつかな
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