医者からストリキニーネを手に入れることが出来るから……」さう言ひかけて伊豆は笑はうとしたのだが、笑ひは掠れて単に空虚な響となり、それにつれて痩せた肩を無気味にゆさぶつた。それから暫くして今度は冷笑を泛べると、
「お前だつて、小笠原を殺す力がないではないか」と言つた。
「おや!」と痴川は思つた。突然ぼんやりしてしまつた。それから急に河のやうな激怒が流れてくると、同時に泣き喚きたくなつたのであるが、その時伊豆の顔付からふと間の悪いやうな白らけた表情を読んだので、同病相憐れむといふやうな淋しさを受けた。思ひがけない静かな内省が何処からともなく展らけてくるやうな冷めたさを覚えて自分でも呆れるほど妙にしんみりしてしまつた。
「それは君の場合とは幾分違つてゐる。俺達は色々な余計なことを考へすぎるやうだ。俺は無論ある意味で小笠原を殺したいと思つてゐるし、もつと突きつめたところまで進めば今でも人を殺す力はある。併しただ「考へてゐる」といふだけのことは、本当の人間の生活では無と同じことなんだ。人を殺すか、自分で死ぬかするくらゐ本当のことは或ひは無いかも知れんけど、しかし……」
 痴川は如何にも自分は真実
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