うで、頭の中で頻りに伊豆を言ひまくり遣込めやうとするのであるが、そのはがゆいことといつては話にならない。その伊豆がある朝突然久方振りに痴川を訪ねて来たので、痴川は吃驚する暇もなくみるみる相好を崩して喜んだ。慌てて飛び出して行つて、とにかく色々なことのあとであり変な具合ににやにやと照れ乍ら「ま、あがれ」と言ふと、伊豆は一向無表情で、まるで人違ひでもされた場合のやうに例の懐手をぶらつかせて黙つて立つてゐたが、急に振向いて、勿論挨拶もせず何一つ変つた表情も見せずに、空《から》の袖を振り乍ら戻りはぢめたのである。痴川は咄嗟に大憤慨して跣足《はだし》のままで玄関を飛び降りると、伊豆の襟首を掴まへて顔をねぢもどして、
「やい、どういふ料簡でやつてきたのだ。変な気取つた芝居は止せ。友達が懐かしかつたら正直に懐かしいと言ふがよし、友達に存在を認めて貰ひたかつたら、きざな芝居は止すがよからう。てめえくれえ、友達甲斐のねえ冷血動物もねえもんだぞ。スネークめ。俺を殺すといふのは、どうした――」
「今に殺してしまふ……」伊豆は落付きを装はうとして幾らか味気ない顔をしたが、「今は力がないから殺せない。今度友達の
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