ものか。そんなことは男同志の間柄ぢや平気なことなんだ。生意気に水を差すやうなことをして、このお多福めえ、気に入らねえけつたいな女詩人だと言つたら……」
「ごめん/\」
麻油はいきなり痴川の首つ玉へ噛りついて顔一面に接吻して、
「ごめんなさいね。あたし、悪い気で言つたんぢやないの。かんにんしてね……」
顔と顔を合せて痴川の眼を覗き込むやうにして、「坊や!……」麻油は嫣然と笑つて、痴川の胸へ顔を埋めた。
翌日痴川と別れてから、麻油はしかつべらしい顔をして暫く火鉢に手をかざしてゐたが、やがて用箋を持ち出してきて、小笠原宛に次のやうな手紙を書いた。
「こんなに私を淋しがらせておいて、よく知つてゐるくせに、なぜ来て下さらないの。もう私のことなんか、思ひ出して下さらないの。も一度ルネの憂鬱な顔が見たいのだけれど、きつと来て下さるでせうね。こんなに私を苦しめて」
麻油はにやにやしながら此の手紙を投函して、それからもひどく好機嫌で、日当りのいい街を少々散歩して戻つた。
痴川は時々伊豆のことを思ひ出して、その都度無性に癇癪を起した。さういふ時には、まるで伊豆が目前にゐるやうな見境のない苛立ちや
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