く退屈してゐたのだが、併しとにかく小笠原と対座してゐることだけで平和な心を感じた。
小笠原は痴川を家まで送つてきて、例の感情を泛べない冷めたい顔付で、「君は今悪い時季なのだ。春がきて、それに健康が良くなると、もつと皆んなうまくゆくやうになるのだ。身体を呉々も大切にしたまへ」と言つて静かに帰つて行つた。痴川は又もやぼんやりして、子供のやうに小笠原の言葉を聞いてゐたが、自分の部屋へ這入つてきて、自分は今小笠原と平和な面会を終へてきたのだといふことが分ると、心安らかな空虚を覚えた。痴川は和やかな感傷に酔ひ乍ら、白々と鈍く光る深夜の部屋に長い間佇んでゐた。
一日痴川が麻油を訪ねてゆくと、麻油は大変好機嫌で、痴川を大歓迎するやうにしたが、
「小笠原さんて、ひどい人ね――」
「なぜだ……」痴川はどぎまぎした。
麻油はいきなり哄笑を痴川の頬へ叩きつけて、
「あんた、怒つてゐるの? 口惜しがつてゐるの? あはゝゝゝ。小笠原さんと孤踏夫人て、ずゐ分ひどい人達ね……」
痴川はみるみる崩れるやうな、くしやくしやな泣き顔をしたが、急に物凄い見幕で怒りだして、
「莫迦野郎! お前なんぞに男の気持がわかる
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