俯向いてしまつたが、一度心もち眼を上げて痴川の顔をぽかんと見てから、又ぐつたり顔を伏せ、組み合した膝の上で手の指を物憂げに動かせてゐたが、ぶつぶつ呟くやうに、
「俺達の複雑な生活では、最も人工的なものが本能であつたりしてゐる。斯ういふ吾々のこんぐらがつた生活で、自分を批判するくらゐ貧困なものはないのであつて、百の内省も一行の行為の前では零に等しい。文化の進歩は人間の精神生活に対しては解き難い神秘を与へたに過ぎないのであつて、結局文化それ自らの敗北を教へたに過ぎない。畢竟するに人間なるものは、その生活に於て先づ動物的であることを脱れがたいのだ。だいたい文化に毒された吾々がデリケートな文化生活の中から自分を探し出さうとするのが已に間違つてゐるのであつて、吾々は動物的な野性から文化を批判し、文化を縦横に蹂躙しながら柄に合つたものだけを身につけて育つやうにしなければならなかつたのだ……」
 小笠原は顔を伏せてみたり背けたりしながら、眠むたげな単調な語勢でそんなことをぶつぶつ喋つてゐたが、すると痴川もぼんやり俯向いて、わけもなく一々頷いたりしながら、変に神妙に聞いてゐる風をしてゐた。その実はひど
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