ものか。そんなことは男同志の間柄ぢや平気なことなんだ。生意気に水を差すやうなことをして、このお多福めえ、気に入らねえけつたいな女詩人だと言つたら……」
「ごめん/\」
麻油はいきなり痴川の首つ玉へ噛りついて顔一面に接吻して、
「ごめんなさいね。あたし、悪い気で言つたんぢやないの。かんにんしてね……」
顔と顔を合せて痴川の眼を覗き込むやうにして、「坊や!……」麻油は嫣然と笑つて、痴川の胸へ顔を埋めた。
翌日痴川と別れてから、麻油はしかつべらしい顔をして暫く火鉢に手をかざしてゐたが、やがて用箋を持ち出してきて、小笠原宛に次のやうな手紙を書いた。
「こんなに私を淋しがらせておいて、よく知つてゐるくせに、なぜ来て下さらないの。もう私のことなんか、思ひ出して下さらないの。も一度ルネの憂鬱な顔が見たいのだけれど、きつと来て下さるでせうね。こんなに私を苦しめて」
麻油はにやにやしながら此の手紙を投函して、それからもひどく好機嫌で、日当りのいい街を少々散歩して戻つた。
痴川は時々伊豆のことを思ひ出して、その都度無性に癇癪を起した。さういふ時には、まるで伊豆が目前にゐるやうな見境のない苛立ちやうで、頭の中で頻りに伊豆を言ひまくり遣込めやうとするのであるが、そのはがゆいことといつては話にならない。その伊豆がある朝突然久方振りに痴川を訪ねて来たので、痴川は吃驚する暇もなくみるみる相好を崩して喜んだ。慌てて飛び出して行つて、とにかく色々なことのあとであり変な具合ににやにやと照れ乍ら「ま、あがれ」と言ふと、伊豆は一向無表情で、まるで人違ひでもされた場合のやうに例の懐手をぶらつかせて黙つて立つてゐたが、急に振向いて、勿論挨拶もせず何一つ変つた表情も見せずに、空《から》の袖を振り乍ら戻りはぢめたのである。痴川は咄嗟に大憤慨して跣足《はだし》のままで玄関を飛び降りると、伊豆の襟首を掴まへて顔をねぢもどして、
「やい、どういふ料簡でやつてきたのだ。変な気取つた芝居は止せ。友達が懐かしかつたら正直に懐かしいと言ふがよし、友達に存在を認めて貰ひたかつたら、きざな芝居は止すがよからう。てめえくれえ、友達甲斐のねえ冷血動物もねえもんだぞ。スネークめ。俺を殺すといふのは、どうした――」
「今に殺してしまふ……」伊豆は落付きを装はうとして幾らか味気ない顔をしたが、「今は力がないから殺せない。今度友達の
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