体全体を痙攣させ、今にも死ぬ人のやうにただ縋りついてゐたのであるが、それでも時々拳でもつて麻油の鳩尾のあたりを夢心持でこづいた。麻油は振り離して起き上つた。伊豆の奇妙な変態性欲が頷けたのである。麻油は失心したやうに目を閉ぢて動かない伊豆の姿を見下して、暫くの間ぢつと息を窺つてゐたが、やがて真白い肉付のいい二本の腕を忍ばすやうに静かに延すと、伊豆の頸を抑へて力強く絞めつけた。白い泡を吹いて、手足を殆んど力なげにじたばたさせて、併し懸命に※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いてゐる伊豆の醜状に息を殺して見入り乍ら、麻油はふくよかな胸一杯にぴちぴちする緊張を覚え、春のやうに上気した軽快な満足を感じた。
 或日孤踏夫人は小笠原から伊豆と痴川の曲折をきき、たわいもなく談笑してゐたが、小笠原が帰るのを見送つてしまふと、急に肩の落ちるやうな、ほつとした眩暈《めまい》がした。夫人はむづかしい顔付をして、小波《さざなみ》のやうにちらめきはじめた混乱にぼんやりしながら部屋へ戻り、肘掛椅子に深く身を埋めたが、自分はいつたい今迄何事をそんなに緊張してゐたのかしらと思つた。さう言へば、自分は痴川の死を希つてゐるのだと、分りすぎるほど分りきつたことをふと思ひ付いたやうな気がした。本当に、分りすぎるほど分りきつたといふ気がしたのである。成程、少くとも痴川との手切れを欲してゐる以上は死ほど決定的な解決はない筈だから痴川の死を希つてゐるのに相違ない。……そして、この恐ろしい考へがはつきり分つてきても、我ながら可笑しいほど夫人は狼狽しなかつた。寧ろ不思議な落付と安らかな憩ひを感じた。そして、まるで蒼空でも仰ぐやうに、小笠原の顔を眼蓋一杯に泛べたのである。夫人はその顔へ向つて、さう、あたしもさうよ、貴方と同じだわ、といふ風に媚るやうに微笑してみせたいやうだつた。あの人はあんなに落付いた風をして、何の表情も感情も表はさずに淡々と談笑して帰つたけれど、あたしには分る、やはり痴川の死を希つてゐるのだと、夫人は頭がくらくらした。さうとすれば、もしさうだとすると、あの方もあたしを愛してゐるに違ひない。――そして、なんだか寒いほど引き緊つた気持の中で、一斉に開かうとする花束のやうな、夥しい微笑がふくらみ、やがて静かな泪となつて溢れ出すのを感じた。
 孤踏夫人の家を辞した小笠原は、彼も亦一時にほつと全身の弛
前へ 次へ
全17ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング