歩いて、農家の娘に可愛い顔立の多かったこと、然し、偶然かも知れない。昨秋はじめて富士見へ行くとき、家の近所のカストリ屋のオヤジ(と云っても三十ぐらいの威勢のよいアンチャンであるが)が、ちょうどその土地の生れの人であるから、一緒に行ってもらった。体力が衰えて、病人への見舞いの食糧をつめこんだボストンバッグを自分で持つことが出来なかったせいもあった。はじめて歩く野良に可愛い娘が多いので、このへんは美人が多いね、と云うと、そうですとも、私は特務機関で、日本中はおろか、台湾、支那を歩きましたが、私の生れ故郷ぐらい美人のいるところはありませんや、と威張った。私の女房が、その一人です、と、高原の秋空に、彼はカラカラと笑った。彼はそれが言いたかったゞけで、ほかの証言は当にならない。
私たちは上諏訪の某ホテルへ行ったが、私たちの係りの女中が、目の覚めるような娘であった。女中の立ち去るや、彼は胆を失い、しまった、はやまった! と叫んだが、これはつまり、結婚をはやまった、という長大息であったらしい。彼の女房自慢も当にならないのである。翌朝、私たちは諏訪神社へ自動車を走らせた。神社を見終って、彼はいかにも
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