将棋を指すようになり、名人の将棋を指すようになった。
 然し木村本来のものは、あげて勝負師の根性であるから、本来の根性に立直れば、元々の素質は升田以上かも知れぬ。
 名古屋の対局では、木村は見事であった。一つの立直りを感じさせるものがあった。
 然し、まだ、どこやらに、落ちた名人、前名人、という、何となくまだ貫禄をぶらさげている翳がある。これのあるうちは、木村は本当に救われておらぬ。一介の勝負師になりきらねばならぬ。骨の髄から勝負ひとつの鬼となりきらねばならぬ。
 名古屋の対局では、升田が相手をなめてかかってハッタリ的にでたのに対して、木村はホゾをかため、必死の闘魂をもってかかってきた面影があった。
 だから、この一戦に関する限り、木村は勝負の鬼、めざましく、見事な闘魂、身構えであったが、その代り、この一戦だけ、というような超特別の翳があった。
 これだけは負けられぬ、そういう特別な翳であり、この一戦を出はずれると、もとの貫禄へ戻りそうな、不安定なものがあった。
 そういう危険は升田にもある。ハッタリで指せば負けるのである。
 毛一筋の心の弛《ゆる》みによって、勝ちも負けもする、こゝに
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