当の酒量である。私はウイスキーを一本ポケットへ入れて東京を出発した。升田と私がこれをあけて、升田はそれから、かなり日本酒も呷《あお》ったようだ。
 私は酔っ払うと、アジル名人なのである。口論させたり、仲直りさせたり、そういうことが名人なのである。新東海の荒武者もそこまでは御存知ないから、テーブルを三つ離して安心していらっしゃる。ダメである。
 東京の将棋指しは升田は弱い弱い云いよるけど、勝ってるやないか、などゝ微酔のうちは私にブツブツ云っていたが、そのうちに泥酔すると、名手が悪手になる、なに阿呆云うとる、阿呆云うて将棋させへん、木村など、なんぼでも負かしてやる、だんだん勇ましくなってきた。木村前名人、酒量は少いが、これも酔ってる。名題の負けぎらい、黙してあるべき、君はまだ若いよ、君より弱くなるほど、まだモーロクはしないよ。俺が強い。ナニ、お前なんか強いもんか。とうとう、離れた席で各々立膝となって、人々の頭越しに怒鳴り合っている。
 オレが強い、お前なんか、両々叫び合ったところで、私がなんなくまとめあげて、宿屋へもどる。それから碁を打つ。木村前名人が碁の初段で、升田八段が、あいにくなこと
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