君が来てをり、お待ちしてをられます、といふので、二階へ行つた。すると、塚田名人と升田八段もゐるのである。北斗星君、赤沢君、みんな知つた顔である。
私はトッサにヤヤと思つた。将棋の名人戦が塚田二勝一敗で、四回戦が翌々日の五月十一日に湯河原で行はれることになつてゐる。木村が挑戦者に勝ち残つて、名人戦がはじまつた。それは私が精神病院に入院中の出来事で、その一回戦は、木村が全然勝つた将棋に、深夜に至つて疲労から悪手の連発で自滅したといふ。私は深夜になると彼がボケルのを見て知つてをり、益々甚しいらしい報道にウンザリして、名人戦への興味を失つてゐたのである。
ところが、原君の座敷へ行つてみると、はからざる塚田、升田がマッカな酔顔をあげてニヤニヤしてゐる。もつとも、升田の方は青くなる酔顔だ。もう相当に酒がまわつてゐる様子であつた。
私がヤヤと思つたのには、わけが有るのである。一昨年のことであるが、木村升田三番勝負の第一局が名古屋で行はれ、私は観戦記を書くために東京から木村と同道で出向いた。そのとき、木村が升田に向つて、塚田は偉いよ、昔から実に勝負を大事にするからね、オレみたいに、明日の対局に今
前へ
次へ
全54ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング