十分考へて、三五金。
 この報らせが来た時、
「アア、あかん」
 土居八段はすぐ首をふつた。
「塚田名人、どうか、しとる。魔がさしたんぢや。負ける時は仕方のないもんぢや。それにしても、ひどい手ぢやなア」
「なぜですか」
 と、私。
「これは、ひどい手ぢや。せつかくの持ち金を使うて、たゞ角道をとめたといふだけ、ほかに働きのない金ぢや。これで金銀使ひ果してしもうて、木村前名人、さぞかし安心のことぢやらう」
 土居八段はハッキリあきらめたやうだつた。彼には塚田に勝たせたい気持があつたのであらう。
「オイ、これや。これや。前名人の左手がタバコをはさんで、頭の上へ、こう、あがりをるで」
 と、升田がその恰好をしてみせた。勝勢の時の木村の得意のポーズなのである。
 それから十分ほどすぎて、次の指手の報らせがきた。
 五九角(一分)五四銀(七分)七四角ナル。六二飛。三七飛。
 控室の一同が、その指手を各自の手帖に書き終つたばかりの時である。人が一人走つてきた。
「勝負終り。木村が勝ちました」
 アッといふヒマもない。一同がひとかたまりに道場へ走りこんだ。
 二年前に勝つた時もさうであつたが、負けた塚
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