田も、表情には何の変化もなかつた。いつも同じショボ/\した眼である。
あとの指手は、六三銀。八三馬(一分)八二歩。三八馬。四二飛。三六歩(一分)仝金。三七歩。仝銀(一分)仝角。四六歩。二四歩(二分)まで。
時に、四時二分。
★
録音機がクルクル廻つてゐる。木村、塚田、金子の三人が放送し、大山と私が対談を放送し、西村楽天氏らが放送した。夜は明けてゐた。
私が控室へ戻つてみると、升田がひとりハシャイでゐる。思ふに彼は、すでに来年の挑戦試合を考へ、自らを挑戦者の位置において、亢奮を抑へきれないのであらう。
「悪い手を指すもんぢやなう。塚田名人ともあらう人が。日頃の鋭さ、影もない。負ける時は、あゝいふものか」
升田は小首をひねつて、
「然し、木村前名人は、いや、すでに木村名人か。木村名人は、強い」
ひとりハシャイでゐる。
大山がそッと戻つてきて、私に並んで、窓を背に坐つた。彼はいつも物音がなく、静かであつた。私は大山にきいた。
「木村と塚田、どつちの勝つた方が、君にありがたいの?」
「さア?」
「升田は木村が勝つたので、ハリキッてゐるらしいが、君は塚田が勝
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