落伍者がでゝ、土居八段がねころんでゐる。若い者の天下である。土居八段に代つて、金子八段が大山八段と盤に向つて研究してゐる。碁のまるまるとふとつた藤沢九段が、全然ねむけのない澄んだ目を光らせて、熱心に説明をきいてゐる。ねむる、ねむる、と云ひながら、目を光らせて、のぞきこんでアレコレ言葉をはさんでゐるのは升田八段である。
 二時十分であつた。運命の手の報らせが来たのは。
 塚田、五二桂(三十九分)
 棋士たちが、アッといふ声をあげた。
「エ? ナニ、ナニ?」
 大声をあげて、人をかきわけたのは升田であつた。
「五二桂? ホウ。そんな手があつたか」
 誰一人、予想しない手であつた。升田の目が、かゞやいた。妙手か悪手かわからないが、人々の意表をついたこの一手に、彼は先づ感嘆を現した。
 意表をつかれた棋士一同は、にわかに熱心に駒をうごかしはじめた。
「無筋の手や」と、升田。
「無筋ですな」と、金子。
 どういふ意味だか、私には分らない。私は金子八段にきいた。
「無筋の手ッて、どういふことですか」
「つまりですな。相手の読む筈がない手です。手を読むといふのは、要するに、筋を読んでゐるんです。こん
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