二分考へて、六三金。以下ノータイムで、四五歩。六四金。同銀。ここのところも、控室の予想の通り。
 そッと道場へ行つてみる。もう、翌朝の一時半になつてゐる。戸外は風雨であるが、薄暗い道場の中央に、屏風がこひの中だけが照りかゞやいて、何一つ物音もなく、ヒッソリしてゐる。木村が手拭で顔をふく。塚田もふく。塚田はそれから眼鏡をとつてジュバンの袖でふいてゐる。木村がアグラをかいた。
 ほかに見物人はゐないけれども、たつた一人、異様の人物が端坐してゐる。済寧館の武道教師とおぼしきヒゲのある人物で、坐り方が武術家独特のものである。木綿のゴツゴツした着物に袴をはいて、屏風の中の光の下から二三間離れた薄暗がりに微動もせず端坐してゐるのである。自然体であるけれども、肩がピンと四角にはつて、腰が落ちてをり、彫刻のやうにこの場に似合つてゐるのである。まるでハラキリ見届け役といふやうであつた。
 木村が猛烈な力をこめてパチリと駒を叩きつけたのは、ちやうど一時半だつた。三七角(二十四分)これも控室の五十四段が見てゐた手である。
 この次の手が、運命の一手であつた。
 私は控室へ戻つてゐた。五十四段の棋士の中からも
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