せんよ。気持が透きとほるやうに澄んでゐますね。アベコベに、塚田は、堅くなつて、コチコチだ」
 茂索さんは、ふうン、といふ顔をした。彼は塚田に賭けてゐたのださうである。

          ★

 こんなに賑やかな控室風景は珍しい。将棋の八段が〆めて五十何段つめてゐるところへ、碁の藤沢九段、素人五段安永君など勝負師がより集つて、碁将棋に余念もない。遊び事に専門の方をやりたがらぬのは自然の情で、将棋指しが面白さうにのぞきこんでゐるのは碁の方であり、碁打ちは将棋をのぞきこんでゐる。
 そのうちに、面白い勝負がはじまつた。大山八段と二枚落ちで指しわけた安永五段が、よし、碁でこい、と七目おかせて、やりだしたのである。大山八段は、碁の射ち廻しは私と同じ程度のやうである。違ふとこをは、彼が天成の勝負師だといふことである。安永五段は下手名人と自称し、下手をゴマ化すのに妙を得てゐる。そのゴマ化しに大山八段はかゝらない。ヂッとひかへて、ムリを打たない。よく置石を活用してガッチリと押して行くから、安永五段は文句なしに二局やられてしまつたのである。
「大山に七目おかせて、安永が勝つもんか。てんで勝負にもなら
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