なると、対局者は充血してマッカになり、コメカミに静脈が曲りくねつて盛りあがるものだ。木村も塚田もさうである。木村が名人位を失つた二年前の対局では、その盛りあがつて曲りくねつた二人の静脈が、今も私の目にしみてゐるのである。ところが、この対局の塚田は、盤に坐つたはじめから、すでに終盤のやうに神経質で、充血し、コメカミに静脈がもりあがつてゐたのだ。彼の心はコチコチかたまつて、なんの余裕もないやうに見えた。
六三銀(三分)、三六歩、四二王、一六歩。
そのとき塚田便所へ立つ。倉島君が顔を上げて、えゝと、便所はねえ、それから立上つて、案内に立つた。私も便所がどこにあるのか知らないが、よつぽど遠いところに在るのだらう。
塚田が便所から戻つてくると、木村が記録係に、オ茶、とさゝやいた。記録係の方へ、グッと上体をねぢりよせて、さゝやいたのである。その隣席の私には聴きとれない小声であつた。読みふける塚田を思ひやつてのことであらう。木村がこんな配慮をするのも、私は今まで見たことがなかつた。記録係が戻つてくると、毎日新聞のオバサンが礼儀正しく、畳敷きの外側の板の間だけをグルッと一周してオ茶を捧げて持つて
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