くる。畳の上を歩くと地震のやうにゆれるから、これも木村の注意によるのかも知れない。私は対局場の揺れるのが畳をふむためだといふことを、まだその時はさとらなかつた。そして、皇居内ともなれば、万事小笠原流に、しとやかなものだと感心してゐたのである。そのうちに、見物人も私一人となつて、対局者が便所へ立つたりすると、きはめて静かに歩いてゐるのに、全体がブルブルふるへるのである。なるほど、木村はちやんと調べてゐたのだな、と、その時になつて分つたのである。
 塚田二十分考へて、五二金。そして咳ばらひをする。木村タバコをくはへ、左手でマッチをする。やつぱりギッチョである。然し、駒台は右の方においてあり、駒を動かすのも右手である。タバコをくはへて、フラリと便所へ立つた。
 木村十八分考へて、一五歩。パチリと叩きつけた。終盤になり、顔面朱をそゝいで静脈がもりあがるころになると、両々自然にパチリと叩きつけるやうになる。時には、パチリと叩きつけ、もう一度はさみあげでパチリと叩き直す。塚田も木村も次第にさうなるのである。然し、パチリと叩きつけたこの日の第一回目は、これが始まり。
 塚田五四銀、五六銀、とノータイ
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