序〔『逃げたい心』〕
坂口安吾

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「海の霧」は私が始めて職業雑誌といふものへ書いた、つまり原稿料といふものを貰つた最初の作品で、昭和六年夏、私は二十六であつた。まるで私の身辺小説、何か愛人があつてその人との何かのやうな書き方であるが、全然ウソ、私小説ではない。
 このときの文藝春秋は新人号といふので、井伏鱒二その他数名の執筆がすでに定まつてゐたのを、急に私が一枚加はつた。私は同人雑誌に短篇三つ発表したばかり、それをみとめられて俄に一枚加へられたものだから、原稿を頼まれたとき、締切までに五日間といふ急場であつた。
「蝉」「小さな部屋」「逃げたい心」は文藝春秋、その他は主として「作品」に、それからの三四年間、つまり私が三十ぐらゐまでのうちにそれぞれ発表したものであるが、一見いづれも私小説、すくなくとも私自身の私生活の何かしらを土台に構想されてゐるやうな書き方の作品ばかりだけれども、いづれも実生活に縁がなく、私小説は一つもない。
「麓」は長篇の書きだしだ。これ
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