村は素子にやりかへした。「あるとき神武天皇が野遊びにでると、七人の娘が通りかゝつたのさ。先登《せんとう》の一人がきはだつて美しいので、お供の大久米命に命じて今宵あひたいと伝へさせたのさ。すると娘が大久米命の顔を見つめて、アラ、大きな目の玉だこと、と言ふのさ。大久米命は目玉が大きかつたのだ。本当は胸がわく/\してゐるのだぜ。なぜなら、娘は神武天皇と一夜をあかして皇后になつたのだからね。そのくせ、ハイ、分りました、とか、えゝ待つてるわ、とか答へずに、大きい目玉ね、と叫ぶのさ。幸福な、そして思ひがけない、こんなきはどい瞬間でも、女の眼は人のアラを見逃してをらず、きまり悪さをまぎらすにも人のアラを楯にとつてゐるのだ。神武天皇の昔から、女の性根に変りはなく、横着で、残酷で、ふてぶてしくて、ずるいのさ。そのくせ自分では、弱さのせゐだと思つてゐる」
谷村は女の意地の悪さに憎さと怖れを感じる性癖であつた。
彼は生来病弱で、肋膜《ろくまく》、それから、カリエス、彼の青春は病気と親しむことだつた。病気の代りに素子と親しむやうになつても、病気が肉体の一部であるやうに、素子は肉体の一部にはならなかつた。
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