不快をこらへてゐる筈だつた。それを岡本が知つてゐる。岡本は「今」の素子を問題にしてはゐないのだ。彼の媚態が話しかけてゐるのは、素子のどん底の正体だつた。それ自身羞恥なき肉体自体の弱点だつた。そして谷村が岡本の媚態から感じるものも、岡本の媚態でなしに、そこから投射されてくる素子の羞恥なき肉体だつた。谷村はその肉体への嫉妬のために苦しんだ。正視しがたくなつてきた。
素子の落着きは冴えてゐた。
「奥様に打開けてお話しになりましては? そして御一緒に大木さんをお訪ねになりましては、月賦でゞも支払ふことになさいましては?」
「それがねえ、大木は人情の分る男ではありませんよ。耳をそろへて金を持つてこいと言ふにきまつてゐるのですから」
素子は頷いた。
「私どもに買ひ戻せる金額ではございません。先生は私どものくらしむきを御存知の筈ではございませんか」
「いゝえ、奥さん。買ひ戻していたゞく上は、女房に事情を明して、品物は必ず奥さんに保管していたゞくですよ。実際の値打は三万を越える品物ですよ。あの大木の奴が一万五千だすのだから、どれだけの値打のものだか推して分るぢやありませんか」
「先生はお金持ね。私
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