つた。そして媚びる肉体が五十を越えた男であり、媚びられてゐる肉体が三十七の女であるといふことに異様なものを感じた。谷村は媚びる岡本に憐憫と醜悪だけを感じたが、媚びられてゐる素子の肉体に嫉妬をいだいた。
岡本の媚態は本能的なものに見えた。それは亦、素子の本能に話しかけ訴へかけてゐるのであつたが、語られてゐる金銭の哀願よりも、無言の媚態がより強烈に話しかけてゐることを見出した。金談は媚態の通路をひらくための仕掛にすぎないやうでもあつた。
岡本は人の常時につとめて隠さるべきもの、羞恥なしに露はし得べからざるもの、弱点をさらけだしてゐるのであつた。人の最後の弱点がともかく魅力であり得ることを、谷村は常に怖れてゐた。谷村が素子に就て怖れ苦しむ大きな理由はそこにつながるものであつた。岡本の媚態には、その弱点をむきだしにした卑しさがほのめいてゐた。
その岡本に対処する素子は概ね無言であつた。冷然たる位の高さを崩さなかつた。純白な気品があるやうだつた。もとよりそれが当りまへだと谷村は思ふ。岡本の狂態が今の素子にさしたるものでないことは当然ではないか。そして素子は岡本の媚態に谷村以上の嫌悪を感じ、
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