実相の汚らしさを知つてをり、あまりの汚らしさに語り得ないのではないか、といふことだつた。一度男を知つた女は、再び男なしでは生きられない。たとへば、さういふ弱点に就て、素子は己れの肉体そのものが語る強烈な言葉を知つてゐる、その肉体の強烈な言葉は客間で語る言葉にはなり得ないのではないか、と疑つたのだ。
 素子は社交婦人も嫌ひであつたし、慈善婦人も嫌ひであつたし、倹約夫人も嫌ひであつたし、インテリ婦人も嫌ひであつた。総じて女が嫌ひであり、世間的な交遊を好まなかつた。女の心は嫉妬深くて、親しい友に対するほど嫉妬し裏切るものだから、と素子は言つた。なるほど素子は寛大で、なるべく人を憎まぬやうに、悪い解釈をつゝしむやうにと心掛ける人であつた。心掛けはさうではあるが、その正体は? 谷村はそれに就て疑りだすと苦しくなる。素子はあらゆる女の中の女であり、その弱点の最大のものをわが肉体に意識してゐるのではないか、といふことだつた。
 二人が結婚のとき、谷村は二十七で、素子は二十六であつたが、その結婚を躊躇した素子は、その唯一の理由として、二人の年齢が一つしか違はないから、と言つた。かやうに躊躇する素子は、
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